図書館
曇り ところにより 晴れ
図書館に行って、本を探した。というのも、Webページの作成、プログラミングの勉強を始めようと思ったからだ。
そこで見つけた、本がかなり分かり易かったので、借りることにした。
昨日は、ドットインストールのHTMLの無料動画で勉強したけど、こちらもかなり分かりやすい。すべて3分くらいの短編なのが私に合っている。おすすめなので、貼っておきます。
https://dotinstall.com/lessons/basic_html_v3
無料動画部分と、この本のHTMLタグの勉強で、駆け足で薄く分かったなぁ、という感じです。
分かった手応えがあるので、見てよかったと思います。
余談ですが、初めてタグを打ち込んだのは、小学六年生ころ。その頃、プロフィール作りがめちゃ流行っていて、自作のホームページ作りに興味を持っていました。でも当時小学生の私に理解できる、HTMLの解説サイトが見つからなかったので、コピペと勘で打ち込んでたりしましたが、思うようにいかなくて、諦めました。
家に帰って、見つけた記事。(話が全然変わってしまうけど。)
読んでいてカチッと何かが繋がった感じがしました。
フェイスブックにYahoo!の記事をシェアすることは、いつも考えていました。
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ーーー情報は権力を持った人間に集まる。
ーーーつまり、後に発表される情報を先駆けて「スクープ」するという作業そのものが、ジャーナリズムが権力のしもべになる過程になっているということだ。
立岩陽一郎「総理大臣と記者との会食が引き起こしている問題の深刻さに気付かないメディア」
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ジャーナリストとしての立場からの発信ですが、
自身が行おうとしていた(考えとどまっていた)、フェイスブックへのYahoo!記事の「スクープ」に疑問と違和感を感じて、止まっていた、と考えられるのではないか。
フェイスブックにYahoo!記事を投稿することって(引用している記事もYahoo!に投稿されている記事で、ややこしいですが別です。)、立岩さんの記事の中の「スクープ」するという作業と、スケールは違うけど、同じ構図のような気がしています。
https://news.yahoo.co.jp/byline/tateiwayoichiro/20200113-00158674/
「それは単なる癒着だからです。例えば、取材先と親しくなって得た情報で記事を書いても、それは評価されません。それは単に、相手に利用されているだけとみなされる危険も有ります。そうなったらジャーナリストとしては終わりです」
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それが「スクープ」を生み、自身のジャーナリストとしての評価を上げることになるからだ。
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ーーーそうした日本ジャーナリズムの産物だ。
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つまり、後に発表される情報を先駆けて「スクープ」するという作業そのものが、ジャーナリズムが権力のしもべになる過程になっているということだ。
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ーーーまさに、権力によるジャーナリストの懐柔以外の何物でもない。