mitsukoの日記

ばあちゃんに会いたい

栗もオーガニックだ

くもり 晴れ

 

 

 

 

 

 

最近はあまり

筋トレしなくなった

本読んだりYouTubeだったりが

その時間を占めるようになったから

 

 

 

いとこの赤ちゃんが生まれたようだ

おめでたい

今年二人のわたしのじいちゃんばあちゃんが亡くなってなんとも寂しい空気と、このコロナの世に、少し暖かさを運んできてくれたよう

 

いいよなぁ、子どもが生まれるって

いつかわたしにも、そんな日がくるのだろうか?

いや、こないだろう

とすぐに現実に打ち消される

わたしの心はたまにそんな夢を見るが

それもほんの束の間で

大概その先に行くことはない

とどまることはあっても、超えることはないのだ

 

 

考えたって仕方がない

この夢はいつだって後回しになる

それはそうと、はっきり、夢、と思い描いたことなどあっただろうか?

 

 

 

 

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母はすっかりハロウィンの装いを家の隅にこしらえてしまった。これはすごい

別に海外かぶれとかじゃないんだけどな

こういうのってなんというか

心がなんとなく無意識で気づかないけどポジティブな感情が隙間に残ってるって感じ

こういう騒ぐイベント系は横目で見る自分だけど、なんとなく家にこしらえてあるのをみると

嬉しい気もしないでもないんだよな

クリスマスもだけど

不思議だな

 

 

 

さっきブレイディさんの

ワイルドサイドをほっつき歩け

を読み始めてたんだけど

面白くて

終わらないでくれと思うくらいだ

終わるのが寂しくなってくるんだよ

なんでかって登場人物が

旧知の中の友人みたいに

感じられるからだ!

不思議だ

 

 

 

 

 

 

それもそうとまた

胃の痛くなりそうな

考え事がふえそうな

時期にきた

時期というかタイミングというか

祖母のお世話をしているわけだけど

施設に預けるしかないのだけど

今までの施設が大人数過ぎるだろう、それでばあちゃんもなかなかかまってもらえないだろうと

ちょっと心配になってて

(これはその前に2年も祖母を施設に預けていた身で言えた話じゃないが)

一年4ヶ月経つかな、ばあちゃんのお世話をして

やっぱり、ばあちゃんを歓迎してくれるところがいいなって

でもそっちの施設はちょっと高くつくし

 

 

わたしはばあちゃんと住みたいなぁという思いから、お金ができたらばぁちゃんと二人ぐらししたいなぁ、と思っている上で

 

 

ばぁちゃんを何回も移動させるのも申し訳ないし

別に施設にいてもいいと思ってると思う

というわたしの中の意見もある

ばぁちゃんには意思表示ができないというのがあるから

 

直接はわからないけど

まぁわがままなのかなと一瞬思うに任せて

再びいやでも、家族ではあるし一緒に暮らすの別に当たり前として普通じゃないかと反論するのだ

 

まぁおかねがあれば

選択肢ももちろん増えるわけだけど

いまの状況だと

二年前にばぁちゃんを施設に預けていた時と同じ状況に戻る

 

 

今住んでいる家は

おばさんたちがばぁちゃんを置いておきたくないから出て行かないといけないし

 

もうこの話は

何度日記に書いたことやらわからんな

 

 

まぁ、おばさんたちがおおめにみてくれたら

いいんじゃ

いまのままでさー

誰も悪くないし

 

施設に預けることになんでこんなに抵抗あるんだろうって思うんだけど

いままで一緒に住んで過ごしてきたわけだから

当たり前だよな?

なんかこの見えない壁と見える壁

この両方がうまいこといったら

いいんだけどね

 

 

わたしの仕事もうまいこといったらいいんだけどね

 

 

 

 

今日はchoose  life projectで50か国批准の会見をみて

 

飯舘村の菅野村長が退任されるニュースを見て

 

おめでとう、とお疲れ様、と

 

いう気持ちになった出来事があった

 

 

明日になったらまた世界は変わってる

 

いや、いまも、この時も、変わり続けている

 

切り取って見てるだけ

 

常になにか変わってる

 

なにかってなに?

 

不思議だ

 

おわり